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浪漫鉄道 [MUSIC]

日本漢字能力検定協会が先日、
2023年の漢字は「税」と発表。
世の中の出来事、世相からの一字を
一般公募した結果です。
一方で、人それぞれにも今年の漢字があります。悲喜こもごも、百人百様の一字が。
今年10月8日、歌手の谷村新司さんが逝去。
ファン歴40年以上の僕には痛烈なショック、悲報でした。
谷村さんは「生かされていること…それが旅」と仰っていました。この年の瀬、何故か谷村さんの「浪漫鉄道〈途上篇〉」という楽曲が胸をよぎります。穏やかでいて力強いこのバラードの谷村さんの熱唱が蘇っています。
特にこの歌が最高潮になる2番の歌詞が僕は好きです。
♫「少年は空を見てた
それが愛だと気付かず
瞳の中を流れる雲が夢だと気付かず
錆色の古い写真に誓う約束
日々の暮らしに疲れた胸が今から騒ぐなら
途上に迷いながら、走り続けよ旅人
砂塵にその身委ねて、大いなる旅路を行け
途上の土に乾く夢ならば悔やむまいぞ
遥かな地平を見つめ、
永睡るなら悔やむまいぞ
遥かな地平を見つめ、
大いなる旅路を行け」♫
谷村新司「浪漫鉄道〈途上篇〉」
1980年制作のこの曲は当時、CMソング。そのEP(シングル)レコードには、A面に途上篇、B面に蹉跌篇が収められ、両曲ともメロディは同じで歌詞は異なります。
谷村さんには「昴」や「陽はまた昇る」「いい日旅立ち」「サライ」など、明日を生きる希望を照らす楽曲が多いです。この「浪漫鉄道」は今では蔵出しの名曲といったところでしょうか。
谷村さんの持論「人生は旅路」に、
改めて僕は以下に思いを馳せます。
日々の暮らしや仕事で
僕らは様々な局面に遭遇する。
それを前提として
ときにおびえてもいい。
ときに震えてもいい。
たじろぎ、おののいてもいい。
それでも、ありったけの力を振り絞って、
懸命に立ち上がる。
「遥かな地平」を見つめ、謙虚に自省し、
命を全うしようとする自分を褒め称える。
それが人生の熱唱。
その先にあるのが
生きる目的である魂の成長。
グッドルーザーという言葉がある。
勿論、人生は勝ち負けではない。
でも競争社会であることも事実。
「失敗は成功の素」は今や陳腐な言葉。
だけど、敗北から何かを学んだ人、
失敗から大きな気付きを得た人、
挫折から謙虚に自分を見つめ直した人、
自分だけの力で生きているのではない
と知った人は、誰もが勝者。
生きていれば勝ち。
対戦相手は自分だから、
マットに沈まずに、
生きてさえいれば、
誰もが最強なのだと。
僕はもはや、谷村さんの熱唱する「大いなる旅路」を目指す歳ではないけれど、今まさに旅の途中であり、幾つになっても新たな路を探す自由はあります。
僕の2023年の漢字は「幸」です。
日々、諸々の課題はあれど
今が一番幸せと実感出来るからです。
ここ数年、「生」「喜」「歓」「楽」
といった漢字が続いています。
最後までお読みくださった皆さま、
いつもフォローくださっている皆さまに
心からの深謝を捧げます。
本当にありがとうございました。
皆さまの、来年のご多幸を祈念し
今年の筆を置きます。
どうぞ良い年をお迎えください。

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孤独の先にある希望 [MUSIC]


♪「バラバラさ、人生は。
いくら寄り添ってみても。
震える心までは抱きしめられはしない。
だから、独りで、だから独りで
生きるしか、できなくて、
不器用だけれど、それしか出来なくて」♫
アリス「セントエルモスの灯」

谷村新司さんの楽曲には、
人の心の孤独な内側、
孤高の姿を描いた作品が多い。
最たるものは代表曲「昴」。

♪「眼を閉じて何も見えず
悲しくて眼を開ければ
荒野に向かう道より
他に見えるものはなし。」

「我は行く、蒼白き頬のままで
我は行く、さらば昴よ」♫
「昴」谷村新司

10月8日に谷村新司さんが逝去された。
我が青春時代はアリス全盛期。
谷村さんの楽曲と共に、
我が過ぎ去りし日々の、
数々のシーンがあった。

こうした曲を聴きなおして、今想う。
谷村さんが伝えたかったことを。

谷村さんがこれらの曲に込めたのは、孤独の諦念や、独りで我が道を行く勇気だけではなかったのだろうと。

♪「哀しみ背おいて、家路を辿れば
遠くに揺らめく憩いの灯火。
心に冬の凪、引きずる鎖をほどけば、
ほどけばその足も傷まぬものを。
ああ年老いた、白き狼よ
誇りを今捨てて帰れ、ねぐらへ」♫
谷村新司「天狼」

その孤独の先にこそ、人のぬくもりの尊さ、有り難さがある。それは希望だ。

人は一人でこの世を去る。
だけど、そこまでのいとなみや旅路で、
様々な出会いや、心のふれあいがある。
だからこそ、人生は素晴らしい。
孤独を知ればこそ、それを実感出来る。

谷村さんが想いを込めたのは、
孤独の先にある希望なのだ。

45年前に山口百恵さんに
捧げたこの曲もそう。

♪「ああ、日本の何処かに
私を待ってる人がいる。
いい日旅立ち、夕焼けを探しに
母の背中で聴いた歌を道連れに」♫
山口百恵「いい日旅立ち」

合掌


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思秋期 [MUSIC]

1977年。乙女心あふれ、涙止まらず。
そして名曲が生まれ、刻まれた。

幾多もの哀感あるメロディを紡ぎ出した三木たかし。
守備範囲が圧倒的な作詞家、昭和歌謡の巨人阿久悠。
1977年の岩崎宏美「思秋期」は、そんなヒットメーカーたちによる秋歌。

♪「足音もなく行き過ぎた
季節をひとつ見送って
はらはら涙溢れる私、十八

無口だけれど温かい
心を持ったあの人の
別れの言葉抱きしめ、
やがて十九に」♫
岩崎宏美「思秋期」

レコーディングの際、岩崎宏美はこの歌詞と自分の感情が重なり、涙が溢れ、何度も中断したと、阿久悠の著書「夢を食った男たち」(文春文庫)にある。
阿久先生は何故少女の心が分かるのだろう、と岩崎宏美は不思議がったと何かで読んだ。

♫「心揺れる秋になって
涙もろい私
青春はこわれもの
愛しても傷つき」
青春は忘れ物
過ぎてから気がつく」♪
岩崎宏美「思秋期」

この歌で岩崎宏美は、日本レコード大賞歌唱賞を受賞。
それ以上に岩崎宏美にとっての幸福は、高校を卒業した秋にこの曲と出会い、創作の世界で、感情が止まらず、涙溢れて、何度も録画し直したことだろう。
制作スタッフにはお疲れさまと思うがこういう経験が出来た岩崎宏美は本当に幸せなシンガーだと思う。

♫「誰も彼も通り過ぎて
二度とここに来ない
青春はこわれもの
愛しても傷つき」
青春は忘れ物
過ぎてから気がつく」♪
岩崎宏美「思秋期」

僕らは仕事でそんな想いを
生涯何度経験出来るだろう。
そして阿久悠の性別を越えた、
人の涙への熱い眼差しに脱帽。

我、あれこれ想う。
深まりゆく朝空に、秋思かな。

20230911_045005.jpg

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「街路樹は知っていた」 [MUSIC]

45年前、日本の人気バンド「アリス」が
出した名盤「アリスⅥ」の中の一曲に
こんな歌詞があります。

♪「人影も見えない駅の
椅子にそっと寝転んで
煙草を吸っていた

街の灯がともり始めて
こんな私に問いかける、
寂しくはないかと

夢だけはなくしてない
たとえ今日が悲しい日でも

街路樹はいつも見ていた
こんな私のちっぽけな
喜びと悲しみ」♫
「街路樹は知っていた」
作詞:谷村新司、作曲:堀内孝雄

ここ数日のテレビニュースで
ある企業が除草剤などをつかって
街道沿いの樹木を枯らしているとの
疑いがあることを知りました。
ロードサイドビジネスとしては
街路樹は邪魔だと。

この報道で僕は45年前、
中学生の頃に夢中で聴いてきた
アリスのこの歌を思い出したのです。

当然のことですが、
街路樹は私有地の私物ではなく、
その殆どを自治体が管理しています。
街の美化や事故防止のために。

思えば、街路樹は生活者を見ています。
擬人化というより、どこかリアルに
そう思うのです。
その地域に生きる人たちの暮らしを
何年も見続けていると。

誰も知らないあの人の配慮。
知る人ぞ知るあの人の優しさ。
そしてときに、
言いたいけど言えなかった
誰かの悔しさも、
心の内に秘めた、
伝えられなかった、届かなかった
誰かの想いも。

うたかたの夢も希望も。
喜びと感謝も。切なさも儚さも。

全てを街路樹は知っていると。

今更ながら街路樹に、
ありがとうを捧げたくなります。


♫「通い慣れた駅までの道、
今日は何故か涙が落ちて

街路樹はいつも見ていた
こんな私のちっぽけな喜びと悲しみ
喜びと悲しみ、喜びと悲しみ」♪
アリス「街路樹は知っていた」


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懸命に働く人の表情 [MUSIC]


今週、職場の同僚との雑談。
先月彼女はお母さんと一緒に
玉置浩二さんのコンサートに
行って来たと、教えてくれました。
オーケストラの演奏に包まれるなか
玉置さんのボーカルを堪能出来たと。

序曲でクラッシックなメロディが流れ、
一曲目の「ロマン」を生で聴いたとき、
その雄大さ、荘厳さに、
思わず涙が溢れてきたと。
彼女はさり気なく、
隣で聴くお母さんを見ると
やはり泣いていたそうです。

僕が玉置さんのファンで、
特に「ロマン」が大好きだと
彼女は知っていたので、
この話を僕にしたくて
機会を伺っていたと。
ありがたいなぁ、と僕は思うのでした。

音楽のチカラって、すごいですね。

オーケストラの話が出たので、
僕は彼女に、
クラッシックコンサートに行く際の、
僕なりのこだわりを話しました。

それは会場の右手前から3列目くらいの席を取るということ。
音響的にはベストポジションではないのでしょう。でも、その位置からであれば、
オーケストラの方々が懸命に演奏している姿、いや、表情、瞳が観れるのです。
指揮者のコンダクト、楽譜を観ながら
自分の役割を必死で全うする顔、身体の揺れ。それを肉眼で観たいのです。

奏者の方々は、この日の為に練習を重ね、
人によっては緊張で前夜なかなか寝付けなかった方もいるかもしれない。奏者お一人ごと、様々な人生や生活を背負って、この舞台にいる。人生の刻を迎えているのだと。
夢中で働く、没頭して仕事することの意味。

人のチカラって、すごいですね。

説教おじさんの押し付けにならぬよう
気をつけながら
それでもいつの間にか熱く語る僕に
彼女は言いました。

「えっ、本当ですか?
実は玉置さんのそのコンサート、
右手の前から3列目だったんです。
奏者の方々の表情まで覚えています」

びっくりした僕は、
ふたたび、ありがたいなぁ、
を両手で頂きました。


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再会 [MUSIC]

WALKMANでもiPadでも
シャッフル再生がありますよね。
アーティストやアルバム単位ではなく
登録しておいた全曲を
自動選曲してくれるランダム機能。
この詳細な仕組みは判りませんが、
最高の気分転換、自分探しの旅に
繋がると僕は思っています。

①一曲ごと新鮮に感じる
日頃は好きなアーティスト、あるいはアルバムを繰り返して聴いていますが、
自ずとマンネリ(感覚の麻痺)化します。また、その前後の曲との連続性で、一曲の印象が固まります。あるいは、その一曲は、アルバム全体のコンセプトの1パーツとしての存在になっています。

シャッフル機能で突如現れた曲は、新味があって、その前の流れからの登場なので、今までとは違うテイスト、独自性、新たな表情を彷彿しています。要は、新鮮なのです。

②待ち望むドキドキ感
僕は、ジャズ、ポップス、ギター演奏、ボーカル、クラッシック、ボサノバなど、これまで45年間聴き込んで来たアルバムをWALKMANに入れています。

シャッフル機能により、次にどんな曲が来るのか、楽しみでワクワク感が高まり、もう何年も聴いていなかった曲が予期せず登場すると、どこか懐かしく、当時のことを思い出し、頭の中は回想シーンで満たされます。その中には当然に喜怒哀楽がありましたか、全て我が人生。今、こうして生かされて、音楽が聴けているのですから、なんで恵まれている良き人生なんだ!と実感するのです。シャッフル機能のおかげでもあります。

③曲との縁、出会い
街で偶然に懐かしい誰かに出会う。
ある夜、誰かのことを想っていたら、突然その人からメールが届く(あるいは電話がかかってくる)ということがあります。
これを単なる偶然と割り切ってしまうと、人生は無機質で、滋味がないです。
何かのおぼしめし、天啓と捉えれば、その意味合いを考えたりして、面白くなります。

音楽もそうなのかもしれません。
次にどんな曲が来るのか。
どんな再会が待っているのか。
その再会が自分に
どんな感情やエネルギーを
授けてくれるのか。
ワクワクしませんか。

音楽プレーヤーはTechnologyの世界ですから、シャッフルの仕組みにも、ある一定の法則、ロジックがあるのでしょう。

でも、神秘的に捉えるかどうかは、
リスナーの自由です。
僕は一曲との出会いを、その再会の意味を
感じるのです。
「実に面白い!」

この秋、軽快に爽快に愉快に
いきたいですね!❢

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さよならの意味 [MUSIC]

「さよなら、本当に、さよなら。
許されるのなら、この心に
貴方のほほえみ消さないまま」

さよなら、最後のさよなら
涙にはしない願いを込めて
貴方のほほえみ消さない」

小学生の頃だった。
人はいつか死ぬから、
大好きな父もいつの日か
死んでしまうことを考えると
辛くて苦しくて、
泣いて悶々とした日々が続いていた。

そんな夜、それを見かねた父が言った。
「つまんないこと考えないで
町内を全力でマラソンしてきなさい!」

僕は夜の公園を走った。
がむしゃらに。
それで救われた。

その十数年後、成人してから
僕は安全地帯の「ほほえみ」
という曲を知った。

♫「さよなら、本当に、さよなら。
許されるのなら、この心に
貴方のほほえみ消さないまま。

さよなら、最後のさよなら
涙にはしない願いを込めて
貴方のほほえみ消さない」♪
安全地帯「ほほえみ」

もう二度と会えない、あの人への詩。
恋愛の歌ではあるが、
僕は成人してからは
大きな失恋をしていないので、
別れがどうしても辛い対象として
父を思う。

この曲を聴くといつも、
父がいつか死んでしまうと悩んだ、
あの遠い日々を思い出す。

父は17年前に亡くなった。
直腸がんや大腸がんの手術を受け
最後は腰が辛いといって
何日間も苦しんでいた。
そして、僕が41歳のとき、
父は75歳で長き闘病生活を終えた。

あの日、父が病院で息を引き取ったとき、
僕は
「お疲れさまでした。
父さん、やっと楽になれたね。
本当にお疲れさまでした」と、
声をかけた。

「父さん、死なないで、
お願いだから、死なないで」
ではなく、号泣しなかった。

玉置さんが作ったこの曲は
親子愛の歌ではないけど
最後の歌詞も沁みわたる。

♫「いつでも、この空に2人、
包まれているさ離れていても
貴方のほほえみ、忘れない」♪

こんな歳になって恥ずかしながら、
父さんは空の上から
見ていてくれる、と思う。

父との惜別から17年を経ても今でも 
この曲は、そう思わせてくれる。

安全地帯ソングスで我がベスト1。
こんなにも心にくる歌を
他に僕は知らない。

聴くだけで会える。
心のなかでいつも。


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Dedicated To Mrs.Mellow. [MUSIC]

梅雨明けくらいから、
無性に彼女の声が聴きたくて
ベスト版のCDをくり返し、
部屋中に流し、また、
ヘッドフォンの中で堪能していた。

透明感があり、爽やか、
文字通り、そよ風のよう。
それでいて、力強く、叙情的。
彼女の歌声は世界中の空気を
清らかにしてきた。

今朝、突然の訃報。
世界中が愕然、惜別の念で埋る。
オリビア・ニュートンジョンさん、
享年73。

何度聴いても切なくなる、僕の中で
彼女ならではのバラードが2曲ある。

ひとつは「Sam」。
かつての恋人への思慕を
切々と綴った乙女心、けだし名曲。

♪「Oh Sam, Sam, 
you know where I am
Come around and talk a while
I need your smile, 
you need a shoulder」♬

♫「And the door is open wide
Come on inside longing to see you
Oh Sam, Sam, 
you know where I am」♪

この曲を聴くと僕は
真夏の休日の午後を思い出す。
高校の頃、退屈で時間を持て余していた。
オリビアを聴くことで、
切ない恋心や、未来を想った。

もう一曲は「Sad  Songs」。
青春期の孤独を紡いだ名バラード。
アルバム「きらめく光のように」に
収曲されている中で、タイトル曲に
匹敵するほど、僕には価値がある。

♫「′Cause sad songs are
 tearin' up my heart again
 Loneliness is standing in my path again 
I can feel it comin′ 
I can hear it callin' out my name
 (callin′ out my name) 」♪

勿論、オリビアは、
明るいバラードも名曲揃い。
「そよ風の誘惑」
「たそがれの恋」
「きらめく光のように」
「カントリーロード」等。

だけど、傷心の学生時代に
不器用で自分勝手で、
薄氷のようなハートの僕を
支えてくれたのは、
オリビアの哀しきバラード。
そして、何故か、夏休みに聴いていた。

そして夏に
永遠の世界の歌姫は、旅立った。
30年間、癌を乗り越えたMrs.Mellow。

僕は、あの夏の日から40年、
相変わらずの不器用者。
でもこうして何とか生きている。
この2曲のおかげでもある。

だから、この2曲を胸にしっかり携えて、
僕はゆく。

いつの日か、
オリビアに会えるかもしれない。
舞台上の彼女とではなく、
対面で満面の笑顔で話せるかも。
そんな妄想を抱きながら。

Thanks a million.
Dedicated To Olivia.

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Make it so much better [MUSIC]


昨夜、僕は新橋からの帰路、
揺れる電車の中で、ドアの側に立ち
オリビア・ニュートンジョンの名曲
「きらめく光のように」
(Making a good thing better)を
WALKMANで聴いていた。

イヤフォンから
心に入り込んでくる
オリビアの爽やかな声。

♫「Making a good thing better
But with luck it's gonna last forever
You'll see
Making a good thing better
That's the way we're gonna
 stay together You and me」♪
オリビア・ニュートンジョン
「きらめく光のように」
(Making a good thing better)

そのときだった。
すぐ近くに座っている女性が
泣いているのに僕は気付いた。
20代だろうか
春の装いの服を纏い、
マスクをしていた彼女の眼は涙で赤く、
息苦しかったのか、マスクを外した。
故に、泣いている事実が
明らかになった。

こういうときの凝視はご法度。
さりとて、しげしげ見ていても
やばいおじさんになるし、
何よりその女性に失礼。
僕は何度も目線を外しては
どこか心配になり、ちらりと見た。

僕の視界には、
俯き加減で泣いてるその人。
同時に僕の耳には、
オリビアの歌声。

♪「Make it so much better
It is better better
Make it so much better
Make it better better
Make it better better better
Make it better better better
Make it better better better
Better better」♫
オリビア・ニュートンジョン
「きらめく光のように」
(Making a good thing better)

出来過ぎてる、この場面。

今を打開する手は必ずある。
ベクトルや手法を変えたり、
別の道を選んだり、
何か必ず手立てはある。
今をより素晴らしく出来るのは
自分の選択でしかない。
他人は変えられないから。

電車が西大井に到着すると、
再びマスクを着けていた彼女は
はたと立ち上がり、慌てて降りていった。
電車はまた動き出した。
彼女の席には別の人が座った。

僕は偉そうなことを
言える人間ではない。
ただ、言い聞かせるように
心の中で刻む。

♫「Make it better better better
Make it better better better
Make it better better better
Better better」♪

オリビアはこの曲で
20数回、betterを発する。
Bestを尽くすべき、と人は言う。
確かにそう。プロならそうだ。 

だけど、better、
一歩ずつで良いときもある。
いや、そういう場合のほうが多い。
だから、人生は捨てたもんじゃない。

やがて電車は横浜に着いた。

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お茶の間の時間 [MUSIC]

♫「どこまでも行こう
道はきびしくとも
口笛を吹きながら
走っていこう

どこまでも行こう
道は険しくとも
幸せが待っている
あの空のむこうに」♪

ブリヂストン社のCMソング
「どこまでも行こう」は
半世紀以上前に
小林亜星さんが作られた名曲。

昭和の「お茶の間」に流れていた、
歌謡曲やCMソングは
この時代に生きた人々にとって
今や郷愁のメロディ、
細胞にまで染み込んでいるのでは。
少なくとも僕はそうだ。

僕は小学校低学年まで
狭い団地で暮らしていた。
家族で畳の居間の食卓テーブルを囲み
皆で食事をし、笑いながら
テレビを観たもの。
勿論、インターネットはない。
テレビが最大の娯楽マシーンであり、
テレビが家族を居間に寄せ集めていた。

あれから変わった。
You Tube等ネットで楽しむ動画は
実に有効だし、便利。今や外せない。
但し孤(個)の世界。それはそれで良い。
でも誰かとのワイワイガヤガヤも大切。

最近お茶の間という言葉を
殆ど使わなくなったし聞かなくなった。
かつてはTVで明石家さんまさんが
頻繁に「茶の間」と言い、
それを聞くたびに懐かしさを覚え、
あの団地での生活を思い出した。

家族での食卓テーブルの時間。
あのワイガヤの場や時間が
年々減少しているのではないか。
感染防止対策で一層そうなっている。

今、どう生きているか、
今をどう生きるかが
未来へと結んでいく。

例えば一人暮らしであっても
友人とネット接続でのワイガヤでも良い。

お茶の間の時間がもっと増えれば、
もっと人生は楽しくなる。

ワイガヤで、そこにある笑顔で、
上機嫌で、未来へ行ける。

♫「どこまでも行こう
道がなくなっても
口笛を吹きながら
走って行こう」♪

常に希望を胸に、
どうにかなる!
口笛を吹きながら!❢


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