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読み尽くす、活字を堪能するということ。 [BOOK]

今どき電車の中で
新聞を夢中で読む姿は
ダサいのか、時代遅れなのか。
まあ、ひと目はどうでも良いのだが、
そのひと目、僕の目で
昨夜、感じたこと。

帰路の電車で、
隣に座った高齢の方が
スポーツ新聞を熟読していた。
いや、読み耽っていた
という表現が相応しい。

白髪で70代後半くらい、
小柄で深い青のジャンパー姿。
櫛を通してない髪が少し乱れている。
東京駅から乗ってきて、
僕の隣へ座られた。

彼の持参品はスポーツ新聞のみ。
しかも、くちゃくちゃで、
誰かが読み込んだ後のものの様。
その御仁も新聞も、どこか
しわがれた感じ。

走り出す電車、微かに揺れながら
彼はその新聞を
くまなく読みあさっていく。
ページを捲るたびに
自分が読み易いA4くらいの大きさに
丁寧に折り畳み、皺を伸ばす。

僕はふと思った。
この御仁のように、隅から隅まで
新聞を読んだのは、何年前だろうかと。
まるで焼き魚を頂く際、
骨以外を残さないように
その恵みを堪能出来ているかと。
魚と料理人への礼を尽くすように。

伝えたい事実と雑感を
ねこそぎ拾い集める人がいる。
新聞記者と編集局なら、
彼の様子を見て
日々の努力と想いが報われたと
感涙するのではないか。
 
さしずめ、紙に刷り込まれた活字は
その日と今後の栄養素。
それを吸収した脳が
十分な栄養補給出来たと喜び勇ぶ。

今や電車の中吊り広告も
画面モニターに代わり、
見渡せばスマホ、スマホ、スマホ…。
デジタル化の進む車中に
しわがれた感じの見知らぬ御仁と
いつの日付かわからぬ新聞紙。
それを書いた記者と編んだ担当者、
皺だらけの紙面、畳まれたページ、
刷られた活字たち。

とてつもなく、かけがえのない
神々しい光景を間近で観た気がした。
これも恵みなり。

京浜東北線は、
時間を忘れかけていた僕を待つ横浜駅に
到着していた。


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