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感謝力 [世相・センス]

私がお世話になっている
近所の食品スーパーは、
土曜の開店時間である午前8時では
開いている会計レジが2箇所のみ。
早朝なので他の5つのレジは 
稼働していません。

僕はこの時間帯を狙って買い物をします。
空いていて快適である以上に
僕が買う品数が多く、ふたカゴもあるため、
後ろに並ぶ方に迷惑をかけてしまう、
そんな心配がよぎるからです。

この2つのレジは大抵、 
店員さんが固定しており
ベテランの女性です。
このお二人の接客方法や佇まいは
いつも朗らかで穏やか。
レジを打ちながら会計済のかごへ
商品を入れ替え並べる手際や技も
テキパキと整然、お見事。

それ以上に心配りが嬉しいのです。
「ドライアイスはひとつで宜しいですか」
「今日はいつもより、少し遅いのですね」
僕の来店時間の僅か20分の遅れを
把握しているのです。
僕がいつも大量に買うので
お得意様扱いという風でもありません。

支払いを済ませると
僕は必ず言うのでした。
「ありがとうございます」と。
ぼそっとではなく、照れもなく
はっきりと感謝を伝えるのです。

そして、駐車場のある屋上まで
エレベーターで上がり、
クルマに買い物袋を積みながら
僕は清々しい気持ちになりつつ、
考えます。

彼女たちがもし、
無愛想でぶっきらぼうであったら、
僕は彼女らに感謝しないのか?
「店員ならお客さまを神さまだと思い、
笑顔のひとつくらい見せろよ!」
と心の中で憤るのか。
煩悩の塊になるのか。

かつての僕ならそうだったでしょう。
50年以上生きてきて、
ビジネスの世界でも35年、
それはもう、怒ったり落ち込んだり、
不機嫌になったりと、
相当な葛藤があり、
心の置き処を探し続けてきました。

でも流石にもういい歳です。
それなりの落とし処は知っています。

要は自分の思い通りにならないと
すぐ怒る。いちいち反応してしまう。
例えこちらに理があったとしても、
それではいつまでも
成熟した人にはなれません。
なれないどころか、
幸福に手が届かないということです。

いいのです。相手に笑顔がなくても。
僕のためにお会計の仕事をして下さり、
「ありがとう、朝早くからお疲れさま」
なのです。
自分は仕事では常に笑顔を出していこう、
と心に定める。
その背中を押してくださったのは
反面教師として彼女たちです。感謝です。
それで僕の心は平らになり、愉快に。

これまで、洋の東西を問わず、
様々な人生哲学の書も読んできましたが、
僕に一番しっくり来たのは
小林正観さんの本です。
例えば、
「淡々と生きる」(風雲紗)
「で、何が問題なんですか?」(清談社)
「悟りは3秒あればいい」(だいわ文庫)
「この世の悩みがゼロになる」(だいわ文庫)
また亡くなられてから発行された、
特にダイヤモンド社の
「ありがとう」シリーズ。
中でも「ありがとうの奇跡」は
何度も読み返しては
心を立て直してきました。

正観さんは、愚痴や悪口、不平不満を
口にすることを厳禁とし、
「ありがとう」というポジティブ言葉を
繰り返し言うことが最も肝要とします。

人はなんのために生まれてきたのか。
この永遠の謎的な問いへの答えは、
偉人や哲学者の名言も多々ありますが、
僕は感謝を学ぶためだと思っています。
感謝を学び、魂を少しでも磨き、
誰かのために尽くし、
若干でも人として成長するためだと。

どこか堅苦しい話になりましたが
これから「感謝力」のお話を
積み上げて参りたく思っています。
今日はその第一回ということで、
お付き合い下さり、
ありがとうございます。

また次回、宜しいお願いします。

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タオルの幸せ [世相・センス]

先日あるバラエティ番組で
女優の松本若菜さんが、
バスタオルの使い方がわからない
とおっしゃっていました。

要は、実家で子どもの頃からずっと
フェイスタオルを使って馴染んでおり、
バスタオルは大きく重いので、
どう使いこなすか、
ロケ先のホテルなどで戸惑うとのこと。

僕は「成る程、それ有りだな」
と思ったのです。
銭湯や昔ながらの旅館の共同浴場で、
僕は、バスタオルは使わず 
フェイスタオルで全身を拭きます。

バスタオルは大きくて、かさばる。
持参しないと困るかと言えば、
そのレベルではないと、
フェイスタオル一枚あれば十分なのです。

ところが、自宅ではバスタオルを使います。
それは何故か。

用意してあるから。
用意してくれている人がいるからです。

当然のように、フェイスタオルも
用意してある。
用意してくれる人がいるのです。

顔を洗った際、
フェイスタオルで顔を包み込む。
そして、ゆっくりと水分を拭き取ると、 
何とも気持ち良いですよね。
思わず「幸せ〜!!」と声が出ます。

改めて考えると
タオルって優しい存在ですよね。
そして用意してくれる人がいる。

ひとり暮らしなら、
愛しい自分のために用意する。
しっかり洗濯して除菌し、
ふんわり仕上げの洗剤も使って。
そして丁寧に綺麗に折りたたみ、
清潔な場所に備えておく。

タオルの佇まい。
その穏やかさ、美しさに
この当たり前の幸せが
どんなに愛おしいか、
実感するのです。

GWに入って、横浜の空は青。
静かで穏やか。
こんな洗濯日和にあって、
思わず、タオルという存在の
素晴らしさ、関わる人の有り難さ、
日常のかけがえのなさに
気づいた次第です。

これも松本若菜さんのおかげ。
そして僕に関わる全ての方々に
ありがとうを捧げます。




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幸福色の上機嫌 [世相・センス]

先週は、下を向いて歩きました。
春雨が花を散らし
路上に積もる桜を惜しむように、
踏まぬように。

年度末の仕切りで何かと忙しく、
不器用さもあってか、
桜色に染まりゆく街に
興じるゆとりもなく。

昨日土曜、日めくりカレンダーは
新年度へと衣を変えました。
これはひとつのきっかけになります。

明日からは、前を向いて歩きます。
過去の悲喜こもごもよりも、
未来への期待と希望を抱いて。
春陽に胸を弾ませるように。

今、心を切り替える好機かもと。
何かのわだかまり、心のザラつきを
大胆に、一気に捨て去り、
心機一転、新しい自分に。
そうするんだと心に定めた。

昨日僕は新調しました。
スーツとワイシャツです。
オールシーズン用のブルーの上下と、
ふわっふわの白、少し大きめのシャツ。
このアイテムに身を包み込み、
しゃきっと背筋を伸ばします。

外見を繕って
中身が変わるわけではないけれど、
まあ、上機嫌でいたいのです。
周囲のためにも自分のためにも。
この春陽のように。

心の中で路上の花びらを拾い集めたら、
北上していく桜前線を見送るように、
僕は今日の空を見上げます。


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利他 [世相・センス]

最近、電車の中で率先して
ご高齢者に席を譲っている
若い方々を見かけること多いです。
特に20代位の女性。
老人と呼ばれるには
まだ少し時間がある僕は、
彼女らの立ち居振る舞いに、
自省しつつ、学びを得たと感謝します。

♪「あれこれ仕事も あるくせに
自分のことは後にする
ねたまぬように あせらぬように
飾った世界に流されず
好きな誰かを思いつづける
時代おくれの男になりたい」♫
河島英五「時代遅れ」

阿久悠さんのこの歌詞の威力。
もう押黙るしかない程の言葉力。

僕含め人はとかく自分を優先します。
「自分が、自分が」となりがち。
自分のためではなく、
誰かのために気も心も注ぐ利他の魂が
阿久悠さんのこの詩にはあります。

自分を愛せない人は
人も愛せないし、
自分を大切に出来ない人は
人への優しさも中途半端で、
幸せにはなれないかもしれません。

そのうえで、自己愛は
度合いや節度が大切。
自分のことを想い過ぎるから、
怒りや憎しみ、妬み、恐れという
煩悩を僕らは抱きます。
自分ことばかり考えているから
苦しく、辛く、暗くなってしまう。


「まあ、私のことはいいよ。
そんなことより、
目の前のこの人のために
何か出来ることはないだろうか。」 

こんなふうに、切り替えて
誰かへの今一点に気を注げる人は
強いし、明るく頼もしい。
心を浄化し自分の殻を破っている
まさに大人。
この切り替えこそ、その実、
自分の精神を楽に、明るくする方法。

こういう人はきっと、
頼まれごとを淡々とやって、
風に吹かれているだけで、
幸運を引き寄せると、
僕は思うのです。

「自分のことで、いっぱいいっぱい、
とてもそんな余裕ないよ」
確かにそうかもしれません。

だからこそ、そんなときこそ、
周囲の誰かのためにひと肌脱ぐ気概。
ここが、ブレークスルーポイント、
人生の刻です。

心の手帳に書き込みます。
「この人のために何が出来るだろう」


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多生の縁 [世相・センス]

この一週間の、
ありがたき多生の縁です。


その1
先週水曜の午前7時20分に、
横浜市内の大学病院に到着すると
僕の前に8人並んでいました。
午前8時に入口が開き、
受付や採血等が始まり、
午前9時から診察開始です。

僕の前に並ぶ80歳位であろうご婦人が
振り返り僕に
「今日もまた一段と寒くてねぇ」と
話しかけてこられました。

僕は「そうですねぇ」と
小さな声で答えたのでした。
彼女は白髪で痩身、
ピンクのオーバーを着ていた。

すると彼女はその前に並ぶ
70歳台であろう紳士に語り掛けました。
「あとどれくらいで開くのでしょうねぇ。
私は6時45分に家を出て着ました」。
グレーのジャンパーを着たその御仁は振り向いて「8時より前にいつも開きますよ。
もう少しです」と笑顔で返しました。

そこから、このお二人は会話を弾ませていた。どこから来ているのか、今持っているバックは重宝しているとか、息子夫婦が面倒をみてくれて等など、早朝の列の前後にたまさか居合わせた間柄とは思えない程仲睦まじく見えた。

彼の予告通り、入口は7時50分に開き、一人ひとりが1メートルの距離を置いて、入っていきます。このお二人は密接して会話をしながら進んでいます。入口の病院事務の方が手の消毒と検温を促すため、このお二人に「お連れ様ですか」と訊くと、紳士は違いますと朗らかに答え、ご婦人は歩くペースを落とした。待ち合いのソファーでも静かに穏やかにお二人は話していました。

この紳士の柔らかな物腰と佇まいに僕は感服したのでした。

その2
昨日の土曜、午前7時55分に僕は
いつもの通り食品スーパーの屋上駐車場に到着。既に70歳位であろうご婦人が到着していました。僕と彼女は二人して、屋上からの入り口前で、開店時間の8時をただ無言で待っていました。

8時になり、ふっくらとして40代位の警備員の男性が来られて、元気な声で「大変お待たせいたしました。今開けますからね」と言って、鍵を開けてくれました。そして彼は機敏にエレベーターの前まで走り、下方向のボタンを押すと、「今、エレベーターが来ますのでね」と明るく声かけをしてくれました。エレベーターが到着すると彼は自ら乗り込んで「何階ですか?」と僕らに訊き、該当階のボタンを押しました。そして「私は失礼します。お待ち下さり、ありがとうございました」と。

ご婦人と僕は思わずに「ありがとうございます!!」と声を合わせていました。
その言葉の余韻のなか、エレベーターは、二人だけで動き出しました。
すると彼女は「あんなに丁寧に言って貰えたら、本当に嬉しいですよね。なんか良い一日になりそうですね」と言われたのです。

僕も「本当ですね。ありがたいですね」と返していました。

彼女は2階でおり、1階へ向かう僕に「それではお先に失礼しますね。ごめんなさい」といって降りていきます。狭い空間に一人残った僕は、その背中に「行ってらっしゃい!」と声をかけました。

僕の暮らす街は、
ご高齢の方々が大勢います。
その言葉や佇まいから
教わることは多々あります。
年配の方々だけではなく
全ての方々からも。
謙虚に穏やかに、利他の気持ち。
ありがたいなぁと思います。

刻々と時はゆきます。
やがて僕も、
そういう高齢者になりたいです。
春はもう近くまで来ていますね。

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リュックの人 [世相・センス]

昨日帰宅の電車の中で
僕の隣に立った男性は、
僕に大きな衝撃をくださった。


70歳近いだろうか、
白髪交じりの髪は量が多く、
登山用のようなリュックサックと、
そのサイドポケットにスポーツドリンク、
Gパンに厚手の茶色のジャンパー。


その御仁は当然リュックから
何かのテキストとシャープペンを取り出し
黙々と懸命にページを捲っては
何かを書き込み始めたのだ。
必死の形相だ。


さり気なくもよく見ると
巻末の答えをみながら
該当ページに答えの要点を
書き込んでいる模様。


何かの過去問を解いているのか。
近日中に何か資格試験を受験するのか?
にも関わらず、今日は登山に時間を費やし
この段階で焦りだしたのか?


僕の勝手な妄想は膨らむ。


もしかしたらそうではなく、
彼は大学の教授で、
参考書の監修を担っており、
出版社への締め切りが今日中とか!!


去年あたりから
リスキリングという
学び直しの意味の言葉が
飛び交っている。
何歳からでも学びは始められるという
元気の出る言葉だ。


思えば、YouTubeなどの動画でも
様々な学びのコンテンツがあり、
いつでもどこでもお金をさほどかけずに
学びを始められる時代になった。
誰でも簡単に学べるという意味では、
学ばない人は取り残されるのでは?
という危機意識さえ芽生えそう。


でも僕は思う。
たまさか僕の隣に立った
リュックの御仁のように
没頭出来る内容でない限り、
単に学習に時間を費やすのは
徒労に帰すと。


夢中になれる何か。
学びたくて仕方ないという何か。
学んだ先に喜びが待っている何か。


ただ、ひとつ言えることは、
リュックの御仁は、
日常に追われたふりをする僕に、
何か大きな刺激を授けてくださった、
ということだ。


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秋思 [世相・センス]

昨日の金曜午後5時半頃、
末広町から地下鉄銀座線で
夜の席へと日本橋に向かいました。

車中、僕が座った真向かいに、
80近いと思われる白髪のカップル。
僕から見て左手に眠そうなおじいさん、
その隣には、すやすや眠るおばさん。

夫婦水入らず浅草巡りの帰りかな、
と勝手に拝察。よく見ると、
おじいさんの身体が
小刻みに揺れているのです。

あれっと思い、
おじいさんの膝当たりを見ると
おじいさんは、おばさんの右手の中指を
さすっているのです。
ふたりは手を繋いでいる格好ですが、
彼はまるで彼女の指の関節痛を
ほぐすように、心を込めて、
丁寧に撫でているのです。

どこか羨ましくなりました。
このおじいさんは男らしいなぁ、
優しくて、立派だなぁと。

夫婦なのか、訳有なのか、
そんなことはどうあれ、
白髪のふたりが、11月の金曜の東京、
銀座線の中で気を交わし合っている。
おばさんは気持ち良さそうに、すやすや。
完全なるふたりの世界。

まるでタイムトリップして
時代が60年戻り、学生服のカップルが
デートの帰り道、電車に揺られ
身を寄せ合い、疲れて寝ているようで。
それから60年経った今でも
ふたりの仲は深まりこそすれ、
褪せることがないようで。

映画やドラマの観過ぎで
妄想巡りが僕の悪い癖。
この奥さんは実は持病があり、
旦那さんが彼女を励ますため、
浅草寺巡りのデートに連れ出し
その帰路、ふたりの思い出のひとコマ
などと勝手に考えてしまうのでした。

いずれにしても、
ものすごく美しい光景を
見させて頂いたようで。

金曜の夜、ふたりのラブストーリーを
勝手に堪能してしまったのでした。

おふたりは、素晴らしい人生を
手に入れられたと。そして、
これからの健やかなる日々を
祈念せずにはいられないのでした。

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雲言 [世相・センス]


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日曜昼のスーパーの屋上。
ふと見上げた秋空の雲が
言葉を発信していました。
「α」。
僕には初見で、「プラスアルファ」
というメッセージに読めたのです。
前向きに、人生のそのときどきを
楽しめと。
ポジティブシンキングで進めば、
いつかわかると時がくる。
そんなふうに僕は解釈しています。

明日からも、魂込めて、穏やかに。

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孤独 [世相・センス]

「孤独のグルメ」の新シーズン10が始まった。自営のビジネスパーソン井之頭五郎(松重豊さん)が飲食店で一人、食べまくる姿が爽快。始まってもう10年になるのだと感慨深い。

この番組にしびれて10年かと。
10年前と言えば、
自分はあの頃どうしてたかと、
誰と関わり、どんなことに
夢中になっていたかと、回顧する。
こんなふうに心が過去に
タイムスリップすること、最近多い。

ところで「孤独のグルメ」に
なぜこんなにも惹かれるのか。
理由なんてどうでもいい、
好きなものは好きなのさ、 
と割り切って観てきたのだが、
ふと理由を整理してみたくなった。
それが以下。

①人は美味しいものを
好きなだけ食べれるだけで、
幸福な時間が得られる。

この小さな刹那的な幸福の積み重ねが
人生の醍醐味ということ。
今食べているこの時間を大切にしようと。

②五郎さんは常に心で
何かつぶやきながら食べる。
その殆どが口に入れるご馳走への賛辞。
豊富な語彙の滑らかな語り口が
実に気持ち良く、観ている我らの
運気まで上がってきそう。

「美味い家庭料理が恋しくなったら、
この家に帰って来よう。
ここは、まるで俺の胃袋の実家だ。」

「俺の口が感動に打ち震えている。」

「胃袋がもっとよこせと叫んでいる」

「お代わりがなかったら
胃袋が暴動を起しただろう」

「鍋の中は今まさにエン宴たけなわだ」

「ほう、チンゲン菜、
こんなところで働いてるの。
良い職場見つけたじゃない。」

「力強くて優しい。
煮カツは、男のあるべき姿だ。」

③挿入されている音楽がユニークで、
太鼓などを用いた異国情緒満載のリズム。
五郎さんを縁取る画面は、今や、
この音楽たちとニコイチ、メオト関係、
セットでないと語れない程。

そして最後に④。
五郎さんとお店の方々の関係性が、
希薄というより、実に淡白で爽快なこと。

お店は、空腹を満たし、
料理を堪能する場所であり、
余程無愛想なお店でない限り、
過剰なサービス精神は不要。

お客さんに喜ばれる料理を出すお店、
それを受け止めて味わい尽くす客。
この構図だけの、極めてシンプルな関係。

お店にとって、五郎さんは
日頃見かけない、
ぶらりと立ち寄った一見さん。
五郎さんとしても、
その店はご近所さんではなく、
今後、頻繁に来ようとは
思ってないだろう。

然るに、必要以上の会話はない。
ドラマを包む言葉の殆どは、
五郎さんの心のつぶやき。

そのお店の常連さんらとも
五郎さんは殆ど言葉を交わさない。

五郎さんも、お店も、常連さんも
皆、それぞれの役割に集中してしている。
そういう時間がひとコマずつ、
淡々と重ねられていく。

このシュール感。まさに孤独。
哀感のない孤独。歓びの孤独。

人との深い関わり合いは、
他で求めれば良い。
ここは、「食」という今一点に、
人生の至福の時間に、
気を集める場所。


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逆転 [世相・センス]

20220929_175031.jpg
これまで苦手だった相手、
好きになれなかった相手を
少しずつ理解し始め、
いつの間にか、
好きになっている自分に気付くとき。

これ程の大きな歓びや醍醐味は、
生涯でそう頻繁にあるものではないと知る。

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